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府中トン子のただいま迷走中

四方山話を書くブログです。

マイルドヤンキーを知りたい~先輩って誰よ?編~

先日通院をしている病院の待合室の後ろの席で女性二人が話をしていました。

会話の内容を何となく聞いていると親しい間柄ではあるようですが、若い方は年上の方に敬語を使っています。
若い方の診察に年上の方が付き添っているようでした。
はじめは嫁姑の関係なのかなと思ったりもしましたが、それにしては年が近すぎるし、かといって病院の付き添いをするくらい近しい関係なわけだし・・と関係性がとても気になりました。


帰りに一緒に来ていた夫とその話題となり、夫から「マイルドヤンキーぽいし、『先輩』が付き添いとしてきていたのではないか」と言われ、それっぽい!と膝を打ちました。

 

 

私はここでも書いたのでおわかりいただけるかと思いますが、(マイルド)ヤンキーとは真逆の人生を歩んできました。

 

huchu-ton.hatenablog.com

 

引っ越しも多く、学校も家から離れたところに通っていたので、地元という感覚が希薄で友達も知り合いもほとんどいません。

 

当然ですが最近までマイルドヤンキーと人生で交わってきませんでした。
でも遠い存在だったからこそ人一倍興味があるのです。

 

そんな私に30歳を迎えた頃から、若い女性からの相談を受ける仕事に就いたことで急に接点を持てる機会が訪れました。

 

その若い女性たちがマイルドヤンキーの定義に当てはまれば当てはまるほど、私の話を聞く姿勢が前のめりになります。

kotobank.jp

役得ですが、彼女たちの生態に迫れるチャンスなのです。

 

そこでかなりの確率で登場するのが「先輩」というワードです。
「先輩に旦那について相談したら・・」
「先輩に子供を預けて今日は来ました」
「家出して先輩の家に行っていました・・」
さらには、
「一人で相談に来るのは不安だったので先輩と一緒に来ました・・」
「後輩のことについて代わりに相談に来ました」

もはや血縁をも超えた近しさで存在する「先輩」という存在。もう自分が自分なのか先輩なのかわからなくなってしまうくらいの強い絆で結ばれているようです。私にはわからない感覚です。

 

 

私の人生にいた「先輩」は
・部活の先輩・・文化系のチームワークの関係しない部活だったので序列もなく交流もなかった
・バイトの先輩・・先に仕事についていた人なだけでフラットな関係なので、先輩という意識がなかった。
・職場の先輩・・仕事上の関係なので壁は厚く、先輩というか上司という感覚で接していた。

 

マイルドヤンキーの発する「先輩」はこのどれにもあてはまらないものです。

中学や高校の上級生というだけでなく、学校という枠組みからも離れた遊び仲間の年長者が「先輩」というネーミングで存在しているのが特徴かなと思っています。


そんなマイルドヤンキーにおける「先輩」は先輩として近寄りがたい距離を保っているどころか積極的にパーソナルな所に介入し私的な部分に介入しているところが見逃せません。

 

地元があって、そこで人間関係を構築し、そこから離れることなどみじんも考えないマイルドヤンキーにとって、ムラ社会は確実に残っていて、先輩も実姉も特に違いはなくみんなで協力して生きていくという考え方があるのかもしれません。

マイルドヤンキー、奥が深いです。

オチは特にありません。

また違ったキーワードで今後も書いてみたいです。

メルカリの独自ルールに思うこと

ceron.jp

 

今日はこの記事が目に留まりました。

 

 

フリマアプリとして人気の「メルカリ」、私も不用品をお小遣いに替えようとしばらく利用していました。

 

この記事にもあるように「〇〇様専用」とか「プロフ必読」とかいう?なキーワードが出てきて、なんだか不気味なノリを感じてきました。

 

それに加えて値引き交渉をするのに、コメント欄を利用する際「コメント失礼します」「お気持ちばかりのお値引き」とか、ここでしか使わないだろうというメルカリ語みたいなものも散見され、それもなんか気持ち悪いなあと感じていました。

利用しながらこの気持ち悪さ、嫌悪感て何なんだろうと考えていたのです。

 

取引や交渉を重ねるに連れ、メルカリに潜む人の欲望を感じるとき私が恐れているものと重なったのです。

 

私は、戦争や災害で最も怖いのは自分に死が迫ってくることよりも、自分を含む人の浅ましさを目の当たりにすることだと思っています。

実際にそのような場面に直面したことがなく死ぬことへのリアリティが乏しいのもあるかもしれません。

 

平和な時は譲り合ったり、主張を控えている場合でもなにか事が起こると他の人を差しおいても自分を優先するさまを見るのがとても恐ろしく、それを見るならあっけなく死んでしまいたいとさえ思ってしまいます。

 

戦争や災害などだけでなく、日常でも同じようなことを感じることがあります。

 

例えば電車の座席の取り合いです。少ない座席をめがけて列に横入りし、一目散に席を取りに行ったりするおばあさんは見ていて吐き気がします。

あんなおばあさんは座席に座らなくても十分長生きするだろうと思います。

 

他にも激しいバーゲンセールの場面でもそれを思います。

サザエさんなどでもよく見かけるデパートでの初売りの場面、人を押しのけ、人のものを強奪してまで商品を手に入れようとする様子はチャンネルを変えたくなってしまいます。

 

メルカリも似た臭いを感じてしまうのです。

値引き交渉が許されているメルカリでは一円でも安く買いたい購入者と、一円でも高く売りたい出品者のせめぎあいを感じます。

またメルカリは取引を行った者同士、評価をつけあうことでモラルの維持を努めています。

それもあって取引をするもの同士、低評価をつけられないようにあらかじめプロフィールに注意点を書いておいて確認してもらうなどの独自ルールが発展していったのでしょう。

 

 

また、語感がまろやかになるようにかつ交渉を有利に運びたいから、変な言い回しを作っていったのでしょう。

 

私はそこに何としても自分が得をしたいという執念を感じ取り、気持ち悪さを感じてしまったのだと思います。

 

最近のメルカリはそのモラルも欠如していっているようで、ユーザーである友人からも頻繁にトラブルの声が聞かれます。

かつて盛り上がりを見せ、今となっては下火になっているヤフオクと同じ末路を辿るのでしょうか。

 

そしてまた新しい仕組みの売買のアプリができるのでしょうか。私のような臆病者に使いやすい平和なアプリを作ってもらいたいものです。

ラーメン派?つけ麺派?私はラーメン派です。

この2択よく雑談ででてきませんか?どっちも好きだよ、という人もどっちも興味ないとう人もいると思いますが、ここを語らせると一家言ある人も結構います。

そこにこの話題を放り込むと盛り上がりますよね。

 

 

私は断然、断然!ラーメン派です。ラーメンが好きなこともありますが、つけ麺の良さがいまいちわかっていないので余計ラーメンに気持ちが向いてしまいます。

つけ麺の苦手なところを挙げてみました。つけ麺屋さん、つけ麺好きの方怒らないで聞いてください。

 

 

① すぐに冷めてしまう
そもそも麺を汁に付けて食べることは大好きなんです。ざるそばやざるうどん、そうめんは大好きです。ですが、つけ麺が嫌いなのには決定的な違いがあります。それは食べるときの温度です。つけ麺はスープがあつあつで出てきます。

 

ラーメンと違い、麺とスープが別に入っていることによって、食べているうちに麺が冷めやすく、あっという間にスープ含むつけ麺全体が冷めてしまいやすいところが理解できません。むしろ、麺は冷たいまま提供される場合もあるようです。私は熱いものは熱いうち冷たいものは冷たいうちに食べたいんです。「ぬるい」というのが一番食欲を削がれます。

 

一説によると麺が冷たくなっているのは、麺の味を感じるのに適しているからと聞いたことがあります。そう考えると、麺の味に興味が薄いのかもしれません。

 

 

② 麺が太い
私はラーメンにおいても太麺より、細麺が好きです。

どんなスープの種類であってもとにかくスープを麺に絡ませたいという思いがあります。つけ麺は太麺が主流です。

スープが絡みにくく、咀嚼しているうちにスープの味がなくなってしまい、麺をもぐもぐしている状態となり、「あれ?私は何をしてるんだっけ?」という気持ちになるのです。我に返り、スープを補い「そうそう、つけ麺食べてるんだよね」と言い聞かせる、の繰り返しです。

 

1本1本が太いせいか、つけ麺はラーメンより麺のボリュームが多いように思います。私は過去3回別の店でつけ麺を食べたことがありますが、いずれも「並」のサイズを頼んだのに麺を食べきれたことがありません。私は基本的に食事を残すことはないので、情けない気分になります。

 


③ スープが濃い
太麺との組み合わせからなのか、漬け汁という役割からなのか、ラーメンに比べてスープが濃い印象があります。

麺を食べ終わった後の十分ぬるくなった状態で締めのスープ割りを行うサービスがありますが、つけ麺の麺を浸した後のもったりしていて、淀んだスープがあまりおいしくありません。それなら、麺を食べている最中のスープを美味しくいただきたい、なのにそのときは濃くて飲めないという迷宮に陥ってしまうのです。あとつけ麺に多い魚粉ぽい味も苦手です。

 

つけ麺好きの方には全く理解されないであろう理由を連ねてしまいましたが、私はつけ麺が嫌いというよりはスープ>麺であるのがよくわかりました。麺はあくまでスープを味わうための脇役だと思っていた自分に気付いたのです。

 

 

※あとあとウィキペディアを観たら太麺・濃いスープ・魚粉系スープはつけ麺の定番なんですね。それが嫌いなら食べる資格なし!と言われればそれまでだ・・

でも書いてよかったです。おしまい。

本日は映画の話を

私の高校から大学時代は、サブカルに強い憧れをもっていました。

 

一歩でもその世界に近づきたいと、ヴィレッジバンガードに通ったり創刊間もないクイックジャパンを買い集めたり今ほどインターネットに親しみもなかったため、自分なりに情報を集めようと頑張っていたように思います。

 

 

その頃始まったのが、「みうらじゅんいとうせいこうのスライドショー」でした。

みうらじゅんが独自の目線で気になったものを写真におさめ、それをスライドにして会場のスクリーンに映し出し、いとうせいこうが場に応じた鋭い突っ込みを入れ会場を笑いで包むイベントです。

 

原宿のラフォーレミュージアムで始まった第1回から渋谷公会堂日本武道館、さらにはハワイ公演など、トークセッションではありえない規模にまで広がり昨年で13回を迎えたと言います。

 

私は、数回見に行ったことがあります。

大学生ゆえの気の迷いでアルバイト代をはたいてハワイ公演も見に行きました

。当時サブカルに憧れていた私にとって二人はアイドル的な存在でした。

 

今回観た映画はそのスライドショーの誕生から20年を記念した記録映画「ザ・スライドショーがやってくる『レジェンド仲良しの秘密』」です。

 

 

もう20年も経つのかと気が遠くなりそうになりましたが、この節目の映画はしっかり見ておかなければと意気込んで映画館へ行きました。

 

とはいえ、主婦なので意気込みつつ100円でも安く観ようとレディスデーを狙っていきました。

ところが、チケット売り場で「こちらは特別料金となっているので1800円です」と伝えられ、通常料金と変わらない価格を支払うことになったのです。

 

いつもなら「くそー、わざわざこの日に来なくてよかったじゃないか!」と思う場面ですが、私はいたって冷静でした。特別料金が何を意味するのか。私はピンときました。「お土産があるはずだ!」と。


通常のスライドショーでは絵皿やみうら&いとうの等身大プリントのシーツなど、自宅に持って帰ってもどのように活用していいかわからない類の「お土産」を持たせてくれるのが、お決まりとなっているのです。

 

案の定、指定されたスクリーンに入る際、チケットを係員にもいでもらったあと係員が小さな封筒を手渡してきたのです。

 

ドキドキしながら封筒の中身を取り出すと、カード大のマグネットが。何とも言えない表情のみうら&いとうの二方が映っていました。帰宅後処遇に困り、とりあえず冷蔵庫に貼ってみることにしました。

 

 

 

映画の内容は過去のスライドショーの名場面をちりばめながら、みうらさん、いとうさんを個別にインタビューしたシーンを挟み、この20年を振り返るというもの。懐かしい過去のスライドを見ているとあのころの私の青春時代がよみがえってきました。

 

当時スライドショーは人気で抽選でチケットを購入するほどでした。

運よく手に入れたチケットで見に行けた公演、また大枚をはたいて長旅を超えて見に行ったハワイ公演、いずれも1秒も見逃すことが惜しいものですが、私は必ず途中15分から30分居眠りをしてしまうのです。

 

今回の映画を観ているときも、やはり眠ってしまいました。

スライドショーのゆるさも私自身の挑み方も青春時代と変わっていなかったことがなんだかうれしくなってしまいました。

 

そして居眠りから目が覚めたあと、いとうさんがこのスライドショーがなぜ人を魅了するのか分析したことに深く共感をしたところがありました。

 

 

それは、観客はみうらさんといとうさんが仲良くしている所を見るのが楽しいのだという発言でした。そうなんです。

みうらさんが津々浦々で集めてきたネタを見るのを目的に来ているのですが、それに加えて役割だとか興業だからということを越えた二人の仲良しっぷりを見るとこの上ない多幸感を得られているのです。

 

この構図どこかで見たことがあるなと思いました。ジャニーズです。

ジャニファンは、嵐や何やらが仲良さげに冗談を言ってじゃれあう姿を見るのが楽しみだと言います。

みうらさんやいとうさんはジャニーズとは全く違うベクトルに位置していますが、人はそのような光景を見ると幸せになることには変わらないんだな、と感じました。
そして、先ほど述べたようにそういう意味でも私にとって二人はまぎれもなくアイドルであったことを痛感したのでした。

 

 

20年前の映像と比べると二人は確実に年を重ねています。これからも誰にも真似できないスライドと切れのある突っ込みで私たちを楽しませ続けてほしいなと思いました。

本日は映画の話を

私の高校から大学時代は、サブカルに強い憧れをもっていました。

 

一歩でもその世界に近づきたいと、ヴィレッジバンガードに通ったり創刊間もないクイックジャパンを買い集めたり今ほどインターネットに親しみもなかったため、自分なりに情報を集めようと頑張っていたように思います。

 

 

その頃始まったのが、「みうらじゅんいとうせいこうのスライドショー」でした。

みうらじゅんが独自の目線で気になったものを写真におさめ、それをスライドにして会場のスクリーンに映し出し、いとうせいこうが場に応じた鋭い突っ込みを入れ会場を笑いで包むイベントです。

 

原宿のラフォーレミュージアムで始まった第1回から渋谷公会堂日本武道館、さらにはハワイ公演など、トークセッションではありえない規模にまで広がり昨年で13回を迎えたと言います。

 

私は、数回見に行ったことがあります。

大学生ゆえの気の迷いでアルバイト代をはたいてハワイ公演も見に行きました

。当時サブカルに憧れていた私にとって二人はアイドル的な存在でした。

 

今回観た映画はそのスライドショーの誕生から20年を記念した記録映画「ザ・スライドショーがやってくる『レジェンド仲良しの秘密』」です。

 

 

もう20年も経つのかと気が遠くなりそうになりましたが、この節目の映画はしっかり見ておかなければと意気込んで映画館へ行きました。

 

とはいえ、主婦なので意気込みつつ100円でも安く観ようとレディスデーを狙っていきました。

ところが、チケット売り場で「こちらは特別料金となっているので1800円です」と伝えられ、通常料金と変わらない価格を支払うことになったのです。

 

いつもなら「くそー、わざわざこの日に来なくてよかったじゃないか!」と思う場面ですが、私はいたって冷静でした。特別料金が何を意味するのか。私はピンときました。「お土産があるはずだ!」と。


通常のスライドショーでは絵皿やみうら&いとうの等身大プリントのシーツなど、自宅に持って帰ってもどのように活用していいかわからない類の「お土産」を持たせてくれるのが、お決まりとなっているのです。

 

案の定、指定されたスクリーンに入る際、チケットを係員にもいでもらったあと係員が小さな封筒を手渡してきたのです。

 

ドキドキしながら封筒の中身を取り出すと、カード大のマグネットが。何とも言えない表情のみうら&いとうの二方が映っていました。帰宅後処遇に困り、とりあえず冷蔵庫に貼ってみることにしました。

 

 

 

映画の内容は過去のスライドショーの名場面をちりばめながら、みうらさん、いとうさんを個別にインタビューしたシーンを挟み、この20年を振り返るというもの。懐かしい過去のスライドを見ているとあのころの私の青春時代がよみがえってきました。

 

当時スライドショーは人気で抽選でチケットを購入するほどでした。

運よく手に入れたチケットで見に行けた公演、また大枚をはたいて長旅を超えて見に行ったハワイ公演、いずれも1秒も見逃すことが惜しいものですが、私は必ず途中15分から30分居眠りをしてしまうのです。

 

今回の映画を観ているときも、やはり眠ってしまいました。

スライドショーのゆるさも私自身の挑み方も青春時代と変わっていなかったことがなんだかうれしくなってしまいました。

 

そして居眠りから目が覚めたあと、いとうさんがこのスライドショーがなぜ人を魅了するのか分析したことに深く共感をしたところがありました。

 

 

それは、観客はみうらさんといとうさんが仲良くしている所を見るのが楽しいのだという発言でした。そうなんです。

みうらさんが津々浦々で集めてきたネタを見るのを目的に来ているのですが、それに加えて役割だとか興業だからということを越えた二人の仲良しっぷりを見るとこの上ない多幸感を得られているのです。

 

この構図どこかで見たことがあるなと思いました。ジャニーズです。

ジャニファンは、嵐や何やらが仲良さげに冗談を言ってじゃれあう姿を見るのが楽しみだと言います。

みうらさんやいとうさんはジャニーズとは全く違うベクトルに位置していますが、人はそのような光景を見ると幸せになることには変わらないんだな、と感じました。
そして、先ほど述べたようにそういう意味でも私にとって二人はまぎれもなくアイドルであったことを痛感したのでした。

 

 

20年前の映像と比べると二人は確実に年を重ねています。これからも誰にも真似できないスライドと切れのある突っ込みで私たちを楽しませ続けてほしいなと思いました。

趣味が欲しい

皆さん、趣味はなんですかと聞かれて答えられる趣味はありますか?


私にはありません。

 

中学高校時代はとあるアーティストのファンになり、ライブに通ったりファンクラブに入ったりしたこともありましたが、二十歳を越えたあたりから何かに熱い情熱を傾けることが出来なくなってしまいました。

 

それと同時に趣味に対する憧れが強くなり、少し興味を持ったものは、「趣味になるかも!」ととりあえずチャレンジするようになりました。

 

 

楽器の習い事もしました。なかなか上達せず、次回のレッスンまでの課題がクリアできず、先生に指摘されるのが嫌でいかなくなってしまいました。

 

 

他にもスポーツ系や、料理の教室などにも通いましたが転居などのきっかけでやめると新たな場所で続けるほどの熱量はありません。

 

 

こんな私には趣味を持つ資格がないのでしょうか。それともまだ心を震わせる趣味と出会っていないのでしょうか。

 

 

私の友人には、以前は無趣味だったのが、20代後半くらいからK-POPにのめりこみ、韓国に足しげく通い、韓国語も独学で習得し、アイドルを撮影するために一眼レフカメラを使いこなすまでに生活が一変した人がいます。

 

 

地方の道の駅に現れるハーレーダビッドソンに乗ったおじさん軍団のように、ノーベル賞シーズンにインタビューされる村上春樹好きが集まるカフェのハルキストのように、周りからはときに冷ややかな視線を浴びせられることもあるけど本人は楽しくてしょうがないという趣味に出会いたいのです。

 

 

たぶん原因は自分にあります。日ごろからこのブログで書いているように人のことをあーだこーだ言って勝手に分析していることが、足かせになっているように思います。これは人の揚げ足をとることで逆に自分が自由に好きなことをするのにブレーキをかけているような気がします。

 

 

そこで今年はそんな自分を変えるべく、自分を華麗に棚に上げていきたいと思います。そして、恥ずかしがったりすることなく、趣味を見つけます!


新年を迎えてもうすぐ2か月が経とうとしていますが、今年の抱負です!

 

よろしくお願いします!

薄幸な女

男性のみなさん、「薄幸そうな女性」についてどう思いますか?
好きな女性のタイプは?と聞かれたときに「幸が薄そうな人」という人はまずいません。
大概、「明るい」「ポジティブで前向き」「一緒にいて楽しい」「癒してくれる」など、薄幸とは真逆の性質が挙げられていることが多いです。

 

 

私自身も、仕事で嫌な事があった日も、お腹が痛いときも、努めて明るくふるまうことが最善と考えていました。それは対異性というだけではなく相手に好感をもたれるにはそうすることが大切だと思っていたのです。

 

 

その反面、薄幸そうな女性がモテるという話もたまに聞きます。
数年前まで都市伝説だと思っていたのですが、出会ってしまったのです。今日はそんな幸薄女性のお話をしたいと思います。

 

 

彼女は40代前半の独身女性、年齢に合わずとても華奢でかわいらしい外見をしています。ウィスパーボイスで話し、いつも困ったように笑っている女性です。

 

 

元気がなさそうだったので「調子悪いんですか?」と聞くと、「はい・・最近元気がなくて・・」と泣きそうな顔で笑うのです。聞くと5人の既婚男性と並行で不倫をしているとのこと。誰も奥さんと別れる気配もなく精神的に参っているというのです。

 

なんでそんなことになるのかさっぱりわかりませんでした。

 

たまたまある日、私がお世話になっていた取引先の男性(既婚)を今後の仕事を円滑にするために彼女に紹介したときのことです。明らかにその男性は、浮足だっていました。私と話すときと明らかに違うのです。

男性から「彼氏はいないの?」と聞かれると「いないんです・・・」といい、うるんだ瞳で「私、男性から好きって言われると好きになってしまうんです。ダメですよね・・」と畳みかけます。男性はもうファ~となってしまっています。

 

 

なるほど!と思いました。

彼女は性別年齢関係なく、すべてにこのような態度で接するのです。

相手との関係性や立場関係なく、「つらいから助けて」というシグナルを送ります。

イメージとして、暗いというより、弱弱しいという言葉が良く似合います。

暗い女性は嫌われますが、弱弱しい女性は、同性で年下の私でさえも、なんとか励まさなければという気持ちにさせられるのです。

 

男性ならなおのことでしょう。誰彼構わずそのようにふるまっているため、「彼女にはオレが必要だ!」と本気にしてしまう男性も多いと思います。

本気にする男性の中でも彼女が受け入れるのは、既婚男性ばかりでした。

 

彼女の生い立ちを聞きましたが、両親が離婚していたり、暴力があったりと家庭環境は恵まれているとは思えないものでした。

一般家庭に生まれて当たり前のように受けられる愛情が受けられていなかったことが、大人になって、多くの人に自分を気にかけてほしい、心配したり、愛情をかけてほしいととれるような振る舞いを引き起こしてしまうのかな、と勝手に分析しました。

 

 

そんな彼女は、この度結婚をしました。

しかし、その結婚相手は3股をしていたという不誠実な男性だということです。そんな話をまた憂いを帯びた表情で語り、「ほんとに私って駄目ですよね」というのです。

 

 

私は『こらアカンわ』と思いました。

彼女が不幸でいることは、彼女が彼女として保つために欠かせないものなのです。幸せな結婚を選ぶこともできたでしょうが、そうすると誰も彼女を心配してくれなくなります。あえて危なっかしい行動をとることで、彼女はイキイキしてくるのだ、こんな人に惑わされるのは時間の無駄、そう悟ったのでした。

 

 

これからも彼女に同情することなくウォッチングを続けよう、そう心に決めたのでした。